カープ女子必見!日本野球の原点とは?

暑さも柔らかくなり、過ごしやすい気候になってまいりました。

秋ですね♪

スポーツの秋」という言葉をよく耳にしますが、
そんなスポーツの代表の一つと言ってもいいのが「野球」。

2-e364e出典:http://news.nicovideo.jp/watch/nw1102303

カープ女子(カープファンの女の子)」
オリ嬢(オリックスバファローズファンの女の子)」
G-jo(巨人ファンの女の子)」

という言葉もあるぐらい、女性人気の高いスポーツでもあります!
さらに、甲子園球児の頑張ってる姿や、泣いている姿を見てキュンキュン来てしまう女性も多いのではないでしょうか?

しかし、ちょっと待ってください。
素朴な疑問として、日本野球のそもそも原点ってなんなのでしょうか?

というわけで、日本の野球の歴史について調べてみました!

そうしましたら、意外や意外。
今現在でも有名な、あの対抗戦がルーツだったのです!!


突然送られた一通の挑戦状!

野球が日本で初めて行われたのは、1871年9月30日。
横浜の外国人居留民とアメリカ軍艦「コロラド号」の乗員との間で、現在の横浜スタジアムで試合が行われました。

しかし、ここまで野球が発展したのは、
この一通の挑戦状から始まったと言っても過言ではないでしょう。

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書かれている内容は、

慶應は隆盛ですが、わが部は依然として振るわず、選手は稚拙。ついては近日中に試合をしていただき、大いに学びたい。ご都合はいかがでしょう。承知していただければ、委員を差し向けるので、グラウンドや審判のことなどを打ち合わせましょう。早稲田大学野球部より、慶應義塾野球部へ。

そう、お察しの通りこれは1903年(明治36年)11月5日に、早稲田大学から慶應義塾大学に送られた、練習試合(現在の早慶戦)の申し込み状です。

つまり、日本野球の歴史は早慶戦から始まったのです!!!

その応援たるや凄まじいものがあり、

早稲田が勝ったら、慶應の学舎の前に行き「バンザーイ」とやったり、
その逆もあったり、とにかくもの凄かったようです

あまりにも加熱しすぎて早慶戦には空白期間が数回あるほどです!

しかし、この早慶戦の人気のおかげで、野球というスポーツは一気に知名度が上がりました。

東京六大学野球連盟の結成からプロ野球の発展へ

応援の加熱により、早慶戦は中止していましたが、そこに明治大学が入り、法政大学が入り、立教大学が入り、最後に東京大学が入り、さらに半強制的に早稲田大学と慶應義塾大学を仲直りさせ(笑)、1925年に日本で一番最初の野球リーグである「東京六大学野球連盟」が発足しました。

日本初のプロ野球チームとしては、1920年に早稲田大学野球部のOBが中心となり「日本運動協会」が設立しましたが、現在のようなリーグ戦となったのは1949年のこと。
GHQの方針で戦後の苦難にあえぐ国民の数少ない娯楽として、野球人気がさらに急上昇しました。
そして、プロ野球チームには東京六大学野球連盟のOBが多数在籍し、数々のスター選手も生まれ、こうして野球は国民的スポーツの1つになったのです!


いかがですか?
現在の野球人気のルーツは、意外にも早慶戦だったのです!
当時はもちろん、現在よりも上下関係が重んじられ、創部20年以上経つ慶應に、創部1年弱の早稲田が練習試合とはいえ、試合を申し込むことは無謀そのもの。

しかし、勇気ある早稲田の挑戦と、それを快く受け入れた慶應の心意気こそが、
野球というスポーツを世に広めたのです。

現在両校は、スポーツだけでなく学術分野でも交流をするなど、
いい意味での「ライバル関係」となっています。

というわけで野球好き女子の皆さん!!!
機会があれば、是非早慶戦を見に行きましょう!!!!

筆者も数回見に行ったことがあるのですが、本当に楽しいですよ♪

bb-ueno-20150526-03-ogp_0_R出典:http://www.nikkansports.com/baseball/news/1482874.html

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Negic

Negic

音楽大学出身の剣道家。 様々なことに好奇心旺盛な人間でございます。 音楽・スポーツ・カルチャーなどの情報を発信していければと思います。